□ マーマ・ニャーニャとこどもたち □
ピョンとポンはマーマ・ニャーニャの子供たちです。マーマ・ニャーニャはとびきりすてきなお母さん猫で、ピョンは鼻白のまっ黒くろの、これまたすてきな女の子。ポンはといえば、鼻が白くて後は茶色の、やっぱりすてきな男の子。二匹はとっても仲良しで、マーマ・ニャーニャの自慢の子。マーマと一緒に、大きな段ボール箱の中に住んでいます。
マーマ・ニャーニャがご飯を食べに行くときには、しっかり二匹でお留守番をしなくてはなりません。マーマ・ニャーニャは心配して、いつも子供たちによく言い聞かせます。
「いいですか?私のかわいい子供たち。誰かに呼ばれたとしても、この箱の中から出てはいけません。箱の外に出ると、危ないですからね。」
ピョンが大きな声で自信満々に返事をします。
「大丈夫!任せて任せて。お留守番なんて簡単簡単!」
ポンはうつむいて小さな声で返事をします。
「……うん。」
「どうしたの?ポン。何か心配なの?大きな声で言ってくれないと、マーマには聞こえないわ。」
ピョンが大きな声で代わりに返事をしてあげました。
「大丈夫!マーマは心配いらないよ。ピョンが一緒だから、何にも怖くなんかないよ。」
マーマは少し首を傾げて、
「それならばいいけれど。」
と言いました。そして箱から出てゆくと、小さな子供たちを振り返ってもう一度言いました。
「いいですか?絶対箱から出ちゃいけませんよ。いい子にしているのですよ。」
でもピョンは勇敢な女の子でした。マーマ・ニャーニャの姿が見えなくなるとすぐに、箱の中をうろうろし始めました。
「マーマがいないうちに、探検に行かなくちゃ。」
ポンはびっくりして、目をぱちくりさせて言います。
「そんなのダメだよ。マーマは出ちゃだめだって言ってたじゃない。」
だけど、ピョンは元気よく、箱の壁に飛びつきました。
「マーマは危ないって言うけど、毎日出かけて行くんだもん。きっと外の世界はとっても楽しいところ。マーマがいないうちだったら怒られないし、行ってみなくちゃ、怖いかどうか分からないよ!」
でも、ピョンがどんなに元気よく壁にしがみついても、外の世界は少しも見えません。だってピョンは本当にまだ小さくて、人間の手のひらにすっぽり入るぐらいの子猫だったのですから。
外の世界からマーマ・ニャーニャとバーバの話す声がしました。
「ニャーニャの子供たちは本当に元気なこと。おまえがいなくなると、あんなに箱の中で暴れているよ。早く帰って安心させておやり。」
バーバが言いました。バーバはマーマ・ニャーニャを育ててくれたおばあさんで、ポンたちが初めて見た人間でもありました。バーバが子供たちをほめると、マーマは鼻を鳴らして誇らしそうに笑います。
「だって私の子供たちですから。」
そして大急ぎでマーマは戻ってきます。ピョンは何度も何度も壁からずり落ちて、すっかりくたびれていたので、マーマが、
「さあ、お昼寝の時間ですよ。」
と言うころには、もうすっかり眠ってしまいました。ポンはマーマのそばにぴったりとくっついて、小さい声で聞きました。
「箱の外には何があるの?」
マーマはにっこり笑って言いました。
「もう少し大きくなったら見せてあげる。私が見ていないものまで、全部、全部、見せてあげる。でもね、ポン、もっとゆっくり大きくなってちょうだい。ずっとずっと、マーマの小さいポンでいてちょうだい。」
ポンにはマーマ・ニャーニャの言う意味がよく分かりませんでした。ただ、マーマのおなかが暖かくて、すぐに眠ってしまいました。
ピョンもポンもすぐに大きくなりました。マーマの期待に反して、二匹ともすぐに箱から出られるようになりました。ピョンは外の世界をぐるぐる探検して回ります。高いタンスの上にも、カーテンをつたって上手に上ります。本棚の上にも、バーバの買い物袋の中にも、素早く潜り込めるようになりました。
ポンは外の世界に出ても、あんまり箱のそばから離れたくありませんでした。ピョンに誘われると、ちょっとだけ探検もしてみましたが、高いところは怖いし、紙袋は大きな音がするから怖いし、カーテンなんて揺れるから絶対上れません。ピョンがタンスの上で気持ちよさそうに眠っているのを見ながら、ポンは箱に戻って昼寝をするのでした。
ある日のことでした。マーマ・ニャーニャが朝からそわそわして、バーバも朝からばたばたしている日でした。チャイムが鳴ってバーバが玄関に出てゆくと、二人の人間がやってきました。一人は女の子で、もう一人はそのお母さんだと、マーマが教えてくれます。箱の中にいた二匹をのぞき込み、女の子は大きな声を上げました。
「わぁ、かわいい。」
そして大きな手を伸ばしました。ポンは小さくなって、マーマの方に後ずさりました。女の子はピョンの頭をなでます。ピョンは初めて見るお客さんが珍しくて、女の子の手のにおいをくんくんかぎました。
お母さんもピョンをなでました。それからポンにも手を伸ばしてきます。ポンは目をつぶって、お母さんが頭をなで終わるのをじっと待っていました。マーマ・ニャーニャは不安そうに二匹の様子を見ています。
「お母さん、そっちの子はだめ。そっちの子より、黒い子の方がかわいいもん。この子にしようよ。」
女の子がピョンを抱き上げながら言いました。マーマ・ニャーニャがせわしなくひげをひくつかせながら、様子を見ています。
「そうね。お母さんもその黒い子の方がいいと思うわ。そっちの子は初めからなついてきたものね。」
そしてバーバに言いました。
「こっちの子をいただいていいかしら。」
バーバはうれしそうに言いました。
「どうぞどうぞ。かわいがってあげてくださいね。」
マーマ・ニャーニャはいつも通り誇らしげに、胸を張ってピョンを見ていました。でも、そのひげがせわしなくひくひくと動いているのが、ポンには分かりました。
「さぁ、黒猫ちゃん、バッグの中にお入り。」
新しいキャリーバッグが箱の横に置いてありました。とってもかわいい色の、とびきりすてきなバッグでした。ピョンはご機嫌で、そのバッグに飛び込みました。すると、なんと、女の子はキャリーバッグのドアを閉めてしまったのです。ポンはびっくりして、箱から身を乗り出しました。マーマ・ニャーニャのひげは相変わらず小さくふるえていました。
「早くおうちに連れて行ってあげましょうね。」
お母さんが言いました。女の子もうなずいて、バーバにバイバイをします。そのとき、マーマ・ニャーニャが大きな声で叫びました。
「元気でね!私のかわいいピョン。おまえはどこへ行ってもいつまでたっても、私のかわいい娘。忘れないでね。マーマ・ニャーニャがどんなにおまえを大事に思っているかを。さようなら!さようなら!」
キャリーバッグの中からピョンの声がしました。でも、その声はこもってしまっていて、何を言っているのかはっきりとは聞こえませんでした。ポンはどうしたらいいのか分からなくなってしまって、ただひたすら、小さい声で呼び続けました。
「ピョン!ピョン……!」
だけど、ポンの声はとても小さかったので、誰にも聞こえませんでした。バーバはお客さんを見送って戻ってくると、マーマ・ニャーニャをなでながら言いました。
「いい子だね。ニャーニャは。本当にいい子だ。心配しなくても大丈夫だよ。ピョンはかわいがってもらえるさ。大事にしてもらえるさ。」
マーマ・ニャーニャは返事をしませんでした。そして、もう、誇らしげに胸を張るのもやめてしまいました。
「でも、寂しくなるね。」
バーバが独り言のように言ったとき、マーマは急に怖い顔になって、玄関まで走っていきました。それからしばらく、玄関から戻ってきませんでした。
三日が経ちました。ポンはマーマと二匹で寝るのにも慣れてきました。マーマ・ニャーニャが遊んでくれないときに、一人で遊ぶことも覚えました。
いつもバーバは夕方、お買い物に出かけます。その買い物袋の中には、マーマの大好きな魚のにおいや、ポンの大好きなヨーグルトのにおいがぎっしり詰まっているのです。二匹とも、バーバが買い物から帰ってくるのが楽しみでした。ところがその日は、いつもより、ずいぶんバーバの帰りが遅かったのです。毎日、暗くなる前に帰ってきていたのに、その日はすっかり夜になるまで、バーバは帰ってきませんでした。
「ただいまぁ。」
バーバの元気な声が玄関から聞こえてくると、マーマ・ニャーニャもポンもほっと胸をなで下ろし、玄関に走って出迎えました。するとどうでしょう。バーバは知らない子猫を抱えていたのです。しかもその子猫と来たら、鼻水と目やにで顔がべたべたになっている、泥だらけの汚い子猫なのです。マーマ・ニャーニャは毛を逆立てて怒りました。
「バーバ!その子をどうするの?まさかうちに上げるんじゃないでしょうね!」
マーマ・ニャーニャはバーバの言うことが何でも分かりますが、バーバはマーマ・ニャーニャの言うことが半分ぐらいしか分かりません。この日もバーバはマーマがなぜ怒っているか分かりませんでした。
「怒らないで、ニャーニャ。この子はまだ小さいのだから。捨てられていたかわいそうな子猫なのよ。ニャーニャは大人でしょう。ちょっと我慢してね。」
マーマ・ニャーニャは大きな声で言い張りました。
「だめ!その子をうちに上げちゃだめ。バーバ!あなたはこの家が狭くて、三匹も猫を飼えないと言うから、それを信じていたのに。それを信じてかわいいピョンをよそに出したのに。どうしてなの?どうしてピョンはだめなのにその子猫ならいいの?私の子猫は追い出すのに、どうしてその汚い子猫を上げるの?バーバ!だめ!バーバ!」
しかしその言葉は全くバーバには通じないようでした。バーバは子猫を風呂場に連れて行き、ぬるま湯でていねいにふいてやりました。子猫は細い声で何かを言っていましたが、ポンには聞き取れませんでした。マーマはいらいらと耳を動かしていました。
それからバーバは新しく箱を出してきて、その子猫をタオルにくるんで寝かしてやります。マーマ・ニャーニャはひげを小刻みにふるわせながら、じっとその様子を見ていました。汚い子猫は洗ってもまだ汚い子猫で、ぐったりしてくしゃみばかりします。ポンは勇敢でりりしかったピョンの方がずっとすてきだと思いました。
新しい段ボール箱は、ポンの寝る箱からだいぶ離れた本棚に置かれました。バーバは何度も子猫の様子を見に来ます。子猫はくしゃみをして力無く横たわったまま。バーバが様子を見に行くたびに、マーマもバーバの様子を首を伸ばしてうかがいます。しばらくすると、バーバはまた出かける支度をして、子猫の箱を抱えて出ていきました。
「ちょっとお留守番していてね。すぐに帰ってくるからね。」
マーマはひげをひくつかせながらも胸を張って言いました。
「見ていてごらん、ポン。あんな汚い子猫、バーバだって捨てに行くわ。ピョンのことを追い出したのに、あんなくしゃみ子猫、家に置いておくはずないもの。」
ポンはマーマ・ニャーニャの言うことがもっともだと思いましたが、その割にはマーマがうれしそうじゃないのが気になりました。マーマのひげは相変わらずひくひくと神経質そうにふるえていました。
バーバはなかなか帰ってきませんでした。やっと帰ってきたとき、バーバは病院のにおいと一緒に帰ってきました。しかもあのくしゃみ子猫も一緒に帰ってきたのです。それを見てマーマは鼻を鳴らしました。ですがひげはもうひくひくしていませんでした。
翌朝、ポンが目を覚ますと、隣にマーマがいませんでした。箱の中から身を乗り出して探したポンは、マーマ・ニャーニャが本棚の箱をのぞき込んでいるのに気が付きました。昨日のくしゃみ子猫が眠っている箱です。マーマはクンクンとくしゃみ子猫のにおいをかいでいました。ポンが起きたことに気づくと、マーマ・ニャーニャは大急ぎでこっちに戻ってきまて、早口にこう言いました。
「バーバが捨ててこないわけだわ。あの子猫、まだ目もあいていないんだもの。」
「目があいていないって?」
ポンが尋ねました。マーマ・ニャーニャは笑いながらポンの顔をなめました。
「まだとっても小さい子猫だってことよ。」
「ふーん、ポンもそうだった?」
「そうよ。」
「ピョンも?」
「もちろん。」
「マーマも?バーバも?」
「マーマはそうだったけど、バーバは違うわ。バーバは人間だもの。」
ポンは分かったような分からなかったような顔をしました。
「さぁ、もう少し寝ていらっしゃい。」
でももうポンは眠くありませんでした。箱から出て、本棚の方へといってみました。近くでくしゃみ子猫を見てみたかったのです。マーマ・ニャーニャが険しい声で止めました。
「行っちゃだめよ。ポン。病気がうつるから。」
言われてポンは立ち止まります。子猫の寝息が聞こえました。ポンはマーマがじっとこっちを見つめているので、すごすごと引き返していきました。
バーバはとても大事に、くしゃみ子猫の面倒をみました。マーマ・ニャーニャはその様子をいつもじっと見ています。くしゃみ子猫が言葉にならない何かを言うと、マーマの耳がぴくぴく動きました。
その晩、マーマ・ニャーニャは子猫をなめてやりました。そしてポンにこう言いました。
「あのクシャミの子、今ごろ、お母さんはきっととっても心配しているはずだわ。」
ポンは全くその通りだと思いました。それからこっそりと、明日はマーマ・ニャーニャが見ていない間にあの子猫を見に行こうと決めたのでした。本棚の間から小さなくしゃみが聞こえました。でも、お医者さんの薬が効いているようで、前よりだいぶ元気になってきて、くしゃみの数も減りました。でもマーマ・ニャーニャもバーバも相変わらず、あの子猫をクシャミと呼んでいました。
それから毎日、ポンはクシャミを見に行きました。クシャミはどんどん元気になって、どんどん大きくなっていきました。ポンはすっかりクシャミのことが好きになりました。クシャミもポンのことを
「お兄たん」
と舌足らずに呼びました。そう呼ばれると、ポンもちょっと胸を張りたくなってきます。マーマ・ニャーニャもポンがクシャミを見に行くことに文句を言わなくなっていました。
そのうち、クシャミが箱の中で歩き回れるようになりました。クシャミはもう、全然くしゃみなんかしませんでした。よたよたしながらも、箱の中を探検して回りました。クシャミは元気で、泥も鼻水も目やにも、全部きれいになりましたが、やっぱりどこか汚い子猫でした。バーバはクシャミを抱き上げては、
「おまえは不細工だけど、愛嬌がある猫だからねぇ。」
と、ほめてやりました。それを聞くとマーマは、小さな声で
「ピョンは美人だったわ。」
とつぶやくのでした。ポンは全くその通りだと思いました。でも、クシャミもとってもかわいいと思うのでした。
ある晩、ポンが目を開けると、マーマ・ニャーニャとポンの間に、クシャミがすやすやと眠っていました。クシャミは自分で箱から出て、本棚を降りて、こっちの箱までこられるほど大人ではありません。マーマがくわえてつれてきたのでしょう。ポンはちょっとうれしくなって、マーマ・ニャーニャに頬ずりをしました。クシャミは怖い夢を見ているのか、小さな声で鳴きながら前足をばたばたさせました。ポンがおずおずと顔をなめてやると、何か寝言をつぶやいて静かに寝息を立て始めたのでした。
次の日、ポンは高いタンスの上に上ってみました。ピョンがやったように、上手にバランスをとってカーテンをつたってよじ登り、最後にゆらゆら揺れるカーテンから華麗にジャンプして、あの高い高いタンスの上に行くのです。バーバはそれを見て、
「まぁまぁまぁ!」
と、びっくりした声を上げましたが、マーマ・ニャーニャは黙ってポンがゆっくり一歩一歩上っていくのを眺めていました。ピョンに誘われても決して登ろうとしなかったタンスの上に、自分から登ってゆくポンを見守りながら、マーマは少し胸を張って、じっと優しくほほえんでいました。
タンスのてっぺんまで行くと、ポンは急に体中の力が抜けて、座り込んでしまいました。でも、タンスの上から眺める世界の広いこと!部屋の隅から隅まで見えるだけではありません。ドアを開け放した隣の部屋や、窓の向こうの道を歩いてゆく人まで見えるのです。もっと遠くまで見ようと思い、ポンは立ち上がってタンスの端っこまで歩きました。足下からほこりがふわふわと浮かんできて、ポンは二回も続けてクシュン!クシュン!鼻がむずむずするのです。
前足で必死に鼻をかいていると、すぐに心配したバーバが、手を伸ばしてポンを抱き上げました。そして床に座っていたマーマの隣におろしてくれます。
「怖くなかった?」
マーマ・ニャーニャが小さい声で尋ねました。ポンも小さな声で、
「ちょっと怖かったよ。」
と誰にも聞こえないように答えました。それから胸を張って箱に戻っていきました。箱の端にはクシャミが顔を出して待っています。
「お兄たん、怖くなかった?」
クシャミの問いにポンは大きな声で答えました。
「全然怖くなかったよ!」
クシャミはどんどん大きくなりました。あっという間に箱の表に出られるようになりました。タンスにはまだ上れませんが、本棚まで走ったり買い物袋に隠れたりできるようになったのです。それを見てバーバが言いました。
「クシャミも大きくなったから、誰かに引き取ってもらわなくちゃね。そうじゃなくっちゃ、ピョンを何のために人に上げたんだか分からないわ。」
その言葉を聞いて、マーマのひげはひくひく動きました。すぐにマーマ・ニャーニャは黙って別の部屋に行ってしまい、なかなか戻ってきませんでした。
クシャミはバーバの言う意味が分からないようで、首を傾げながら買い物袋のにおいをかいでいました。
それから数日後、バーバのお友達のジージがやって来ました。ジージは近所に住んでいるおじいさんなのですが、いつも違う猫のにおいをぷんぷんさせてやってくるので、マーマはジージのことが大嫌いでした。
「近寄っちゃいけませんよ。」
マーマ・ニャーニャがそういうので、ポンもクシャミも箱の中に隠れてこっそり様子をうかがっていました。
バーバが言葉を選びながら言いました。
「クシャミがね、大きくなったし、もう元気になったから、誰かに飼ってもらえないかと思っているんだけど。」
マーマは耳をびくっと動かして、それからクシャミの方をちらりと見ました。
「え?あの子を手放すのかい?あんなにかわいがっていたのに。」
「だって、この家で三匹は飼えないし、クシャミを飼うとしたら、無理にピョンを引き離したニャーニャがかわいそうで。」
ジージは立ち上がって箱をのぞきに来ました。マーマ・ニャーニャはジージの前に立ちはだかって、子供たちを見せまいと頑張ります。ジージは笑いながら言いました。
「その上クシャミを引き離したら、もっとニャーニャがかわいそうじゃないのかい。それにクシャミは不細工だからなぁ。ピョンはべっぴんさんだったけど、クシャミじゃちょっと貰い手が付かないかもしれないぞ。」
「クシャミは愛嬌があるのよ。」
バーバも立ち上がって、箱をのぞきに来ました。マーマ・ニャーニャはどうしても箱の中を見られまいと、うろうろしましたが、子供たちは大きくなりすぎて、マーマのやせた体では隠しきれませんでした。マーマ・ニャーニャは大きな声で言いました。
「クシャミを連れて行かないで!この子はうちの子なの!」
バーバもジージも、マーマが何を言っているのか、さっぱり分かっていないようでした。マーマ・ニャーニャを抱き上げて箱の外におろし、クシャミを抱き上げます。マーマはもう一度叫びました。
「だめ!その子はうちの子よ!どこかに連れて行ってはだめ!」
マーマの言葉が聞こえたのでしょうか。クシャミの頭をなでながら、ジージはうなりました。そして、
「愛嬌があっても、こんな不細工じゃなぁ。ポンだって貰ってもらえなかったんだろう?ましてクシャミじゃなぁ。あきらめて自分で飼ったらどうだい?」
と言うのです。少し不満げに、でもどこか安心したような口調で、バーバが答えました。
「そうかしら。やっぱりだめなのかしら。」
夕方、ジージは帰っていきました。ポンは難しい言葉はよく分かりませんでしたが、クシャミがどこかに行かなくてもよさそうだということだけ、分かりました。マーマはジージが帰ったのを見ると、ぐったりしてご飯を食べるのもおっくうそうでした。
その晩、マーマ・ニャーニャにくっついて、ポンとクシャミが交互に、マーマになめてもらっていたとき、クシャミが小さな声で言いました。
「マーマ、クシャミは不細工なの?」
マーマ・ニャーニャは返事をせず、首を横に振ってから、黙ってクシャミの顔をなめました。ポンがそんなことないよ、と言おうとしたとき、クシャミはくすぐったそうに笑いながら言いました。
「クシャミは不細工でよかったね。クシャミはマーマやお兄たんのところにいられるもの。」
マーマ・ニャーニャは優しい声で答えました。
「クシャミは不細工なんかじゃないわ。ジージはうそつきなの。でも、マーマはクシャミが不細工でもそうでなくても、大好きよ。だってクシャミはマーマのかわいい子ですもの。」
クシャミはまたくすぐったそうに、顔をくしゃくしゃにして笑いました。
「クシャミ、不細工でよかったねぇ。」
もう一度そう言って、ふふふと笑います。それからすぐに、すやすやと気持ちの良さそうな寝息を立てて眠ってしまいました。
ポンはマーマの背中に顔を押しつけて寝そべっていました。お兄ちゃんだから、マーマに内緒で一匹で寝る練習をしていたのです。まずはマーマの顔の見えないところで寝てみよう、そう思って背中の方で寝ていました。ポンはクシャミが眠ってしまったのを確認してから、小さな声でマーマに聞きました。
「マーマ、ポンのことも好き?ポンもマーマの子?」
マーマは穏やかな声で答えます。
「もちろんよ。いつもいつまでも私の大好きなポンよ。」
「じゃあ、マーマ、ピョンも?」
寝そべっていたマーマが振り向きました。そしてポンの顔をなめながら、ゆっくりと言いました。
「もちろんよ。ピョンもいつも、いつまでも、どこにいても、私のかわいい自慢の子よ。」
「よかった。」
ポンは目をつぶりました。急に眠気がおそってきて、あっという間にポンは夢と本当の間をふわふわ浮かんでいるみたいな気分になりました。薄暗い眠気の中で、ポンは遠くの方で、マーマ・ニャーニャの声を聞いたような気がしました。それはそれはとても小さい声でした。
「どうかこれから生まれてくる私のかわいい子供たちが、みんなみんな、とってもとっても不細工な子猫でありますように。」
楽しい夢でも見ていたのでしょうか、クシャミがふふふと笑ったのがかすかに聞こえました。ポンも夢を見ました。ポンとピョンとクシャミと、三匹一緒に、あの高い高いタンスの上を探検して回る夢でした。ポンも夢を見て、ふふふと小さく笑いました。