□ 一 □


 公園の桜はすでに散っていた。克樹の鞄はもうぼろぼろで、この一年、ちゃんと保つんだろうかとちょっと不安になってくる。
「あー?どした。」
 見下ろされて。
「鞄、壊れそう。」
 なんでこいつ、こんなに背が高いんだろうって思う。中学入ったころはほとんど同じくらいだったはずなのに。
「まぁ、二年間使ったしな。」
 にっと笑う克樹。
 二年使ったのは私だって同じなんだけど。
 私の鞄は、新品同様とは口が裂けても言えないけど、ぼろぼろって感じじゃない。
「そういやさつきのはきれいだな。なんでだ?」
 びっくりしたように聞かれても困る。なんでだ?って、私が聞きたい。どうやったらそんなにぼろぼろにできるんだ?って。
「分かった。勉強してねぇんだろ。」
「してるって。」
 鞄がきれいかどうかって、勉強しているかどうかとは関係ない気がするし、勉強してないとか克樹に言われる筋合いはない。克樹よりは百倍勉強していると思う。っていうか、絶対してる。
 そう言い返してやる気もしなくて、私はふぅっと息を吐いた。
 今年は高校最後の一年。
 言い換えれば、受験の年に当たる。
「んー。良い天気だ。」
 のんきにのびをしているこいつだって、今年受験生には違いなくて。
 中学のころならともかく、今のこいつを見ている限り、たぶん、スポーツ推薦とかじゃないだろうし、一般推薦を狙うには日頃の成績が怪しいし。
やっぱり普通に受験生するんだろうな。
 ふぁ、とかあくびをしている横顔を見上げれば、微妙にヒゲの剃り残し。ああ、駄目だ。駄目だ。推薦とかいう顔じゃないよ。これは。
 裕樹ちゃんは成績良かったから推薦でかっこいい大学行ったけど。克樹じゃむり。
「あのさ、さつき。」
 公園の脇を抜けると、学校までまっすぐ歩くだけ。
「土曜日、暇か?」
 同じ制服着た子達の姿がちらほら。
「暇だけど。なんで?」
「家庭科でジャケット作るってんで、月曜までに布買ってこいって言われてんだけど、一人で買いに行くのもつまんねぇしさ。」
「ちょっと待て。なんで家庭科?」
「選択授業。」
「……なんで家庭科を選択するかな。」
「だって、俺、結構器用だから。」
 からからと笑う。
 まぁ、確かに私より克樹は器用だ。昔っから、料理でもお裁縫でも、克樹は器用にこなしていた。
「いいけど。どこに買いに行くの?」
「春華堂でいいだろ。」
「遠いよ。」
「バイクで行けばすぐだって。」
 克樹のバイクの後ろに乗るのは、嫌いじゃない。妙に几帳面なトコがあるから、絶対危ない運転はしないし、風を切る感じは気持ち良いと思う。冬は寒いけど。四月も半ばだし、そろそろ大丈夫でしょ。
「分かった。じゃ、土曜ね。」
「午前と午後、どっちがいい?」
「午前にしよ。十時ごろ?」
「だな。」
 朝、起きて、ぼけっとしていたら、きっと克樹が迎えにくる。ちょうどいいくらいかな。その時間なら見たいテレビもないし。
 校門を通り抜けると同時に。
「おい、克樹!遅ぇぞ!」
 教室の方から声がかかる。ダムダムとボールの弾む音。教室の中で何やってんだか。
「おー。今行く。」
 大声で叫び返して、克樹は私を振り返った。
「じゃあな。また後で。」
 克樹と私はクラスが違う。だから下駄箱も離れている。昇降口を通ったところで、克樹の背中が見えなくなる。
 校庭の桜の木は、もう青葉が小さく芽生え始めていた。





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