□ 二 □


 弁当はいつも晴香の机で食べる。
 四時間目の国語はいつもどおり、平和に終わって。
「今日はコロッケなんだよね。」
 うきうきと弁当箱を開けた私に、晴香が吹き出した。
「安上がりな幸せだな。」
「いいじゃん。幸せはたくさんあった方が。」
 さっそく箸を突っ込む。冷めていても美味しいものは美味しい。
 そのとき、教室のドアが勢いよく開いた。
「ヤマちゃん!」
 エリカが飛び込んでくる。
「どういうことよ。」
 エリカもよく一緒にご飯を食べる仲間。弁当箱を少しずらして、エリカの弁当を置く場所を作ると、勢いよくエリカが手を突いた。
「どういうことって何。」
 箸をくわえたまま、きょとんと問えば。
「山田くんだよ!」
「克樹が何?」
「石井さんと付き合ってるってどういうことよ!」
「へ?」
 正面から私を覗き込むエリカ。
 いや、そんな、深刻な顔で聞かれても困るし。
「そうなの?」
「そうなの?じゃなくて!」
 怒ってるし。怒られても困るし。
「聞いてないけど。」
「それってどうよ!」
「や、どうよ、って言われても……克樹にも春が来たかぁって。」
 聞いていないけど。
 私と克樹は隣の家に住んでいるだけの他人同士で。
 別に誰と付き合うにしたって私に断りを入れる義理もないわけで。
「だってあんた達、付き合ってんじゃないの?」
「付き合ってないって。」
 確かに私と克樹は仲が良い。それは認める。
 だけど。
「ただの幼馴染。」
 だから克樹が誰かと付き合っているって聞いても、正直な話、「へぇ」ってだけ。どっちかっていうと、克樹よりも克樹の兄貴、裕樹ちゃんの方が好きだったしなぁ。小さいころは裕樹ちゃんと結婚するんだって勝手に決めてたくらいで。
 克樹に恋しろって言われたとしても、無理なんじゃないかなあ、たぶん。
 私としては正直そんな気分なんだけど、周りはどうもそう思っていないみたいで、晴香まで心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「無理しなくていいんだよ?ヤマちゃん。」
 さっきつまみかけていたコロッケを拾いなおす。
「んにゃ。何も無理してないって。」
 困るよなぁ。そんなに心配されちゃ。
「だって晴香だって兄貴に彼女ができても『へぇ』ってなもんでしょ?」
「まぁ、そうだけど。それは兄貴だからでしょ。」
 だーかーらー!
 私にとって克樹は、兄弟みたいなもんだってば。
 口の中にコロッケを放り込みながら、私は不満げに二人を見る。
「でも、山田くんもひどいよね。ヤマちゃんがいるのに何で石井さんなわけ?」
「石井さんが告白したらしいよ?しかも昨日だってさ。」
 へぇ、って思う。
 石井さんって、ほとんどしゃべった記憶はない。見た目はしっかりした感じの人、だったな。ちょっとオトナっぽくて優しそうな。控えめってほどじゃないけど、おとなしめの。むちゃくちゃ美人ってわけじゃないけど、やせててちょっときれいめの。
 そんなよさげな人が、なんで克樹なんかにね?
「で、どうよ!ヤマちゃん。」
 二人はどうしても私に怒りのコメントをさせたいらしい。
「いや……良かったんじゃない?」
 言ってすぐ最後のコロッケをぱくり。晴香がエリカに目をやった。エリカはエリカで大げさにため息をつく。




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