□ 三 □
私と克樹はご近所では昔から有名な「双子」だった。三丁目の「双子」といえば、たいがいみんな「ああ!」って顔をする。
隣の家で生まれて、誕生日は二日違い。
同じ幼稚園に行って。
同じ小学校に行って。
「双子」って言われ始めたのは幼稚園のときだと思う。
胸に付ける名札が。
「やまだ かつき」
「やまと さつき」
漢字で書けば「山田克樹」と「大和さつき」だから、兄弟には見えないだろうけど、ひらがなの名札じゃ確かに双子みたいだった。
うちが共働きだったから、幼稚園は克樹のお母さんに連れて行ってもらうことが多かったし、帰ってきてからも克樹の家でおやつ食べたり遊んだりしていた。裕樹ちゃんが面倒見てくれたし。
もちろん、中学も同じとこに行った。
さすがに中学生になったら、ずっと一緒ってわけでもなくなった。克樹が野球部に入って忙しくなったしね。
そういえば、克樹、なんで野球やめちゃったんだろ。うちの高校も野球部、あるのにさ。
「おい。ヤマちゃん。」
晴香がシャーペンでおでこを小突く。
「おーい。」
「何?」
「ぼっとしてんじゃないよ。終礼終わったの、気づいてる?」
あれ?
周りを見回して、ちょっとあせる。いったい、いつの間に終礼、終わったんだろ。
「全くもう。」
呆れたような声で笑う晴香だけど、心配そうな目をしてる。
何さ。クレバーなヤマちゃんでもたまにはぼけーっとしますっての。
「だいじょぶか?」
「何がだよ。」
うーんと伸びをする。四月の陽射し。
言いにくそうに言葉を選んだ後、晴香が意を決したように口を開く。
「ところで山田くんが呼んでるわけだが。」
「ほえ。」
あくびの途中みたいな声で返事をして、我ながら間抜けすぎる声に笑ってしまう。
「ほいほい。どこで?」
「先、下駄箱行ってるってさ。」
「うぃっす。」
鞄の支度はできている。
「じゃあね。」
「あ、うん、また明日。」
晴香はなんだか歯切れが悪い。
もちろん、理由は分かっている、けど。
だいたい、克樹もおかしい。彼女がいるなら、なんで私と一緒に帰ろうとか思うかな。
石井さんと一緒に帰ればいいじゃんね?ってか、帰るべきでしょ。石井さんが家の方向違うとか、まだ学校に居残るとかだったら、仕方ないけど、それだって、私と一緒に帰るのはおかしいでしょ。
昨日から付き合ってんだったら、もっとなんつうか、燃え上がるような恋に浸っていなきゃいけないんじゃないんですか?違うの?
頭の中がもそもそする。
とにかくさ、私と帰るのは、石井さんに失礼だから。
きちんと言ってやらなきゃね。それが「三丁目の双子ちゃん」である私の務めってヤツでしょ。しょうがないな。もう。
ああ。全く手のかかる!
昇降口の壁に寄りかかって、克樹は普段どおりのぼんやりした顔して、私を待っていた。普段と一つだけ違うのは、参考書なんか持っているところだ。ぱらぱらと捲っているけど、読んでいるようにはとうてい見えない。手持ち無沙汰だから、眺めているだけって感じ。
大丈夫なのかね。受験生。
あ、石井さんは結構勉強できるんだっけ。じゃあ、石井さんに教えてもらえばいいんだよ。私が心配することじゃないじゃん!
何だかとても素敵な結論を発見した気がして、私は思わずにこにこしてしまった。
いいね。いいね。克樹の世話は全部石井さんにお任せだ!
靴を履き替えた私に気づいて、克樹が参考書を鞄にしまった。押し込んだ、っていうより、ちょっと丁寧にそそっと入れる感じで。そしていつもと同じように私を見た。
「遅ぇぞ。さつき。」