□ 四 □
「遅ぇぞ。さつき。」
別に克樹は怒っているわけじゃない。いつも通りの口調。克樹はそんなことじゃ怒らない。っていうか、克樹って怒らない。全然、怒らない。
待ってなくていいのに。
何で待ってるのよ。
口先まで出かかった言葉はそのまま舌の上で消えて。
私は黙って克樹の横に並んで、いつものように家への道を歩き始めた。
「何、それ。」
鞄のはしに覗く参考書を指させば、克樹は一瞬照れたように言葉に迷う。
「……石井に貸りた。」
四月の昇降口には部活の勧誘のポスターがいっぱい並んでいる。もう、三年生には縁のないものだけど。
「ふぅん。」
こんな表情するんだ、克樹。
ふてぶてしいを絵に描いたような克樹を照れ笑いさせるなんて、すごいことだと思う。裕樹ちゃんもこんな顔した克樹を見たらきっとそう言うに違いない。
すごいじゃん。石井さん。
校門を出れば、若葉が芽吹く街路樹。
二分くらい、だろうか。私達は黙って歩いた。
でも。
私が教えてあげなきゃしょうがないわけで。
本当に、こいつは手が掛かるわけで。
「あのさ。」
「あ?」
「石井さんと付き合ってるんだって?」
「……何だよ、地獄耳か?お前。」
驚いた顔しているつもりだろうけど。
克樹らしくない、照れくさそうな表情がふわっと浮かんでる。
何ていうのかな、ちょっとだけ幸せそうな、そういう感じ?
「良かったじゃん。」
「……そうか?」
何さ。その煮え切らない返事。石井さんに失礼だってば。
克樹は視線をそらせて、頬を指先でかりかりとかいている。
「あのさぁ。」
「何だ?」
「石井さんと付き合ってんだったら、私と一緒に帰るの、おかしくない?ってか、おかしいよ。」
ゆっくりと私の方に視線を向ける克樹。
「別にそれくらいいいだろ?家、隣なんだから。」
ああ、やっぱさっぱり分かってないな。このばかは。
「ダメだよ。石井さんに失礼だよ。それは。」
「でも、石井はいいって言ってたぞ?」
「いいって……何が?」
「さつきとは今まで通りでいいって。」
「……何それ。」
そんなの、石井さんが気を遣ってくれただけじゃん。
こいつのどこが良いのか分からないけどさ。とにかく好きになった相手に振り向いてほしくて、一生懸命、気を遣っている。それだけじゃん。
「それでもダメだよ!私と石井さんの女の友情ってのもあるの!」
どう考えても、私と一緒に帰るのはおかしいもん。
一緒にいるときに石井さんに出くわしたら、私、どんな顔してりゃいいのよ。
「だけど、俺とさつきは双子みたいなもんだろ。兄弟だったらいいんじゃねぇのか?」
「余所から見たら、兄弟でもなんでもないじゃん。ダメったらダメ!」
そう言い張ると、克樹はしばらく私の顔をぽかんと見ていたけど、小さく首をかしげて、ふむ、と呟いた。
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ!」
全く。
うちの双子は女心ってもんをさっぱり分かってないんだから。
「朝もか?」
「朝もだよ!行きも帰りも!」
私の剣幕に克樹はちょっと立ち止まって。
「いろいろ難しいのな。」
困ったみたいにそう言って、目をそらした。