□ 五 □
一週間、何事もなく過ぎた。大ばか克樹も、一応は女心というものを理解したらしく、私の側をうろうろするのは止めた。行きも一人。帰りも一人。寂しくはないけど、何か拍子抜けした感じ。別に、克樹がどうだってわけでもないけど。
そういうわけだから普通に一週間が終わって、金曜日の夜になった。
金曜の夜に克樹の部屋に行くと漫画雑誌が読めるんだ。週刊のヤツ。本当は月曜発売なんだけど、近所の文房具屋では金曜の夕方から売っていて、克樹が買って、私も読む。
石井さんのことは忘れていたわけじゃない。だけど、漫画の続きが気になったものだから、私は克樹が風呂に入っていそうな時間帯を狙って、克樹の部屋に忍び込んだ。分かるんだよね。隣の家だから、風呂に電気がついているかどうかくらい。
「克樹、風呂だぞ。」
「ん。漫画読みにきた。」
「ああ、そっか。今日金曜日か。」
「うん。」
テレビ見てた裕樹ちゃんの脇を抜ければ、いつも通りの克樹の部屋。清潔、というほどきれいじゃないけど、まぁ、そこそこ片づいている。あいつらしい部屋。少なくともさつきの部屋よりはきれいだ、とは、克樹の言。
雑誌はいつものところに置いてあった。
ベッドの枕元。
克樹がいなくても、私は勝手に部屋に入り込むし、雑誌だって勝手に読んじゃうし。それがいつものことだから、克樹の部屋にあるものは、たいがい勝手が分かっている。
勉強机の端に、無造作に置いてあるこの前の参考書。
石井さんから借りたやつ、だ。
使ってんのかな。これ。
手を触れる気にはならない。
何となく目をそらす。
とっとと漫画読んで、帰ろうっと。
克樹はそんなに長風呂じゃない。早いところ読んだ方が良い。
ベッドに寝ころんでページをめくる。全部読むわけじゃない。いくつか、気になる漫画を拾い読みするだけ。
風呂場の方から、からん、と何かを置いた音がした。
洗面器かな。
響くんだよね。お風呂場の音って。
その後、シャワーの音が聞こえてくる。
髪でも洗ってんのかな。
だったら焦らなくても平気だよね。
私はゆったりと寝そべりなおした。
一ページ。
一ページ。
ゆっくりと紙をめくる音と、遠いシャワーの水音と。
そのとき、ベッドヘッドに置きっぱなしになっていた克樹の携帯が鳴り出した。
初めて聞く音。
普通の友達の着信音でもなくて。
もちろん私の着信音でもなくて。
ディスプレイにはちかちかと名前が点滅している。
「石井」
石井さんから、電話だ。
呆然と携帯を眺める。ちかちか点滅するその名前。
何、当たり前のことに動揺しているんだろ。私。
掛かってきたときと同じくらい唐突に、ぴたっと明滅が止む。
「着信あり」
新たに明滅しだした表示をしばらく眺めてから、私は勢いよく立ち上がった。
「あれ?さつき、もう帰るのか?」
リビングで裕樹ちゃんがきょとんと私を振り返る。手元には淹れかけの紅茶。
「ケーキあるんだけど?」
「ごめん。見たいテレビあったの忘れてた!」
「うちで見ればいいだろ。」
「ううん、帰る!」
裕樹ちゃんは驚いたように駆け抜けてゆく私を見送って、それでもいつものようにのんびりと。
「気を付けて帰れよ。隣だけどな。」
と笑った。