□ 六 □
土曜日の朝十時頃。
確かに、火曜日の朝、私は克樹と約束した。
家庭科で使う布を一緒に買いに行くって。
だけど、それは克樹が石井さんと付き合っているって知る前の約束だから。
「さつき。準備できてっか?」
普通に私の部屋にやってきた克樹に、私はかなり本気で驚いた。
「え?何の準備?」
「何って、今日、春華堂行く約束してただろ。」
私のヘルメット抱えてる克樹。二人乗りするなら使えって、去年の私の誕生日に裕樹ちゃんが買ってくれたヤツ。私が持ってても仕方ないし邪魔だしで、山田家の車庫に置きっぱなしにしてある。
「石井さんと行けばいいじゃん。」
自分で思っていたより、ずっときつい声が出た。
窓の外は良い天気だ。
きっとバイクで出かけたら気分が良い。
「……んなこと言っても……約束してただろ。」
言い訳するみたいな克樹の声。
「だって私と一緒に出かけるのは変だよ!石井さんに失礼じゃん!」
克樹は黙った。
この前みたいにまたいろいろ言い返すかと思ったけど、今日は全然言い返さなかった。
「……そっか。」
あっさり諦めたみたいで、拍子抜けする。
「じゃあ、な。」
「いってらっしゃい。石井さんによろしく。」
「……石井と行くわけじゃねぇよ。」
小さな声でそう言い捨てて、克樹は出て行った。だんだんだんっと階段を駆け下り、玄関をばたんと乱暴に閉める音。
なんで克樹が不機嫌になるんだよ!
納得行かなくて、私はベッドに身を投げた。
私が腹を立てるならともかく、克樹が腹を立てることじゃないでしょ!
そこまで考えて、ふと冷静になる。
なんで私が腹を立てるんだろ……?
私が腹を立てるような理由、何もないじゃんか。
バイクの音がした。
克樹が出て行った音だ。
換気でもしようと窓を開ければ。
「おーい、さつきー!」
車を洗っていた裕樹ちゃんが私を呼んだ。
「昨日のケーキ残ってるんだけど、食べに来ないか?」
「行く!」
春華堂に行ったら、どんなに早くても小一時間は帰ってこないはず。
お気に入りの髪留めで髪をまとめ直して、私はいそいそと裕樹ちゃんの待つ家へと出かけた。
「けんかでもしてんのか?」
紅茶を淹れながら、裕樹ちゃんが笑う。
裕樹ちゃんは紅茶を淹れるのが上手だ。紅茶だけじゃない。料理も結構上手い。
裕樹ちゃんも克樹も私より絶対家庭科の成績はいいと思う。
「してないよ。けんかなんか。」
「そっか?ならいいけど。」
私と克樹が双子なら、裕樹ちゃんは私達双子のお兄ちゃんだ。
だから優しい。
兄弟、だからね。
兄弟じゃなくても、優しいのかなぁ。裕樹ちゃんの彼女になれる人はきっと幸せだ。
裕樹ちゃん、彼女いるのかな。いるんだろうな。もう大学生だし。
りん、とティスプーンがカップに当たる音。
「克樹はばかだからな。いろいろ困らせることもあるかもしれないけど。」
裕樹ちゃんは私の顔を覗き込んだ。
「まぁ、その……見捨てないで、仲良くしてやってくれよな。」
見捨てるわけなんかないよ。
だって私達は三丁目の双子なんだから。
そう返事しようと思ったのに、なんだか上手く声が出なくて。
私は黙って頷きながら、裕樹ちゃんの淹れてくれた温かい紅茶を一口飲んだ。