□ 七 □
三週間が過ぎた。
克樹とはほとんど口もきかない状態だったけど、別にけんかとかしているわけじゃないし、居心地が悪いわけでもない。
お互い、廊下で会ったら「おう」とか「おはよう」とかそんな感じ。
たぶん、これが普通の関係なんだろうなと思う。
克樹とあんまりしゃべらなくなっただけで、あとは普通。本当に普通。
あれだけ続きが気になってた漫画も、何だかどうでもいい気がしてきたし。
そうそう、新しいクラスにも慣れてきたしね。
三週間なんてあっという間。
今年の連休は飛び石で、間に模試があったりしたものだから、あんまり休んだ気はしなかったけど、それはそれで高三らしくていいかななんて思う。
それに、今日はもう金曜日だし。明日からまた二日お休みだ。そう思うとちょっとほっとする。勉強しなくちゃ、だけど。
「受験なんてお祭りみたいなもんだよ。楽しまなくてどうする!」
私の力説を晴香が呆れたように受け流す。
「そのテンションはどうかと思うぜ?」
弁当箱の中には菜の花のおひたしが入っていた。菜の花の季節はもう終わってるんじゃないかな。ああ、そっか。これ、この前、冷凍したヤツだ。
摘み上げてみれば、冷凍であっても、やっぱり菜の花はきれいな黄色。
「菜の花のコロッケも美味しいよね。」
「君は何を見てもコロッケに持っていく気かね。」
頭上からエリカの声が降ってくる。
「一度、食べてみればいいよ。エリカ。菜の花の入ったコロッケ。」
「へいへい。」
「あれを食べずに死んだら、人生の五十パーセントは水に流したようなもんだと思うね。」
うちのお母さんは菜の花入りのコロッケは作れない。というか、作ったことはない。いつも忙しい人だし、あんまり料理とか好きじゃないみたいだし。私に似て。
いや、違うな。私がお母さんに似たのか。
菜の花入りのコロッケは、克樹のお母さんが作ってくれる。うちのお母さんが夕食までに帰ってこられない日とかには、よく作ってくれた。
「女の子っていいわね。」
とか。
「さつきちゃん、おばちゃんちの子にならない?」
とか。
とにかく甘やかしてくれたから、私は小さいころから克樹のお母さんが大好きだった。うちのお母さんと同じくらい、好きだった。
そういや、ここんとこ、会いに行ってないな。
ふとそんなことを思う。
今度、克樹が出かけたら、会いに行こう。
別に……克樹を避けているわけじゃないけど。
「それって国立受けるってこと?」
「考え中だけどね。」
エリカと晴香の会話をぼんやりと聞き流していたことに気づいて焦る。
うわ、ぼーっとしてた!
現実に取り残されちゃうとこだった!
「え?何。国立?晴香、国立受けんの?」
慌てて会話に参加すれば。
「ヤマちゃん、反応遅!」
けたけたと笑うエリカ。笑いすぎだってば!
「ヤマちゃんは国立とか、考えてないの?」
「え。どうだろ。」
何となくやりたいことのイメージはある。あと、何となくいいなって思っている大学もある。
でも。
志望の理由が「裕樹ちゃんの行ってる大学だから」ってのはさすがに自分でもどうかと思うし、やりたいことってのも言葉に出していえるような感じじゃない。もやもやしていて、何となくってレベルだから。あえて言葉に出そうとすると「みんなの役に立つ仕事に就職できそうな勉強がしたい」みたいな、すごくかっこわるい言い方しかできない。
そんなわけで、うー、と返答に窮していると、教室のドアが開いた。
「大和さん、いますか?」
穏やかな上品っぽい声。
声の主は顔を見なくても分かった。
「ヤマちゃん……石井さんだよ。」
言われるまでもない。エリカに小さく頷いて、私は黙って席を立った。