□ 八 □


 廊下では話しにくいからと、私達は校庭の横の花壇のところに移動した。
 小さなベンチがある。そこに座ると、ちょうど花壇が目の高さで、校庭と私達を隔てるカーテンみたいになる。
「大和さんに謝らないといけないと思って。」
 初めから決めてきた言葉なんだろう。石井さんはそう切り出した。
 謝られることなんて、何もないと思うけど?
 私は返事はせずに、黙って先を促す。
「私、山田くんに振られちゃったから。」
「……え?」
 びっくりして、すごい変な声が出た。
「振られたって、何?」
 ばかみたいな質問だけど、うろたえすぎて、変な質問しかできない。
「克樹が石井さんを振ったってこと?」
「そう。」
 頷いて、石井さんは気丈にもにこりとした。
「振られちゃったの。」
 五月の風は薫風っていうらしい。国語で習った。
「やっぱりって思う?」
「思わないよ。っていうか、信じられない。石井さんのこと振るなんておかしいよ。」
 石井さんはびっくりしたように、私の顔をまじまじと眺めて。
「ありがと。」
 と困ったみたいに笑った。
「山田くんにね、一ヶ月だけでいいから付き合ってって頼んだんだ。お試し期間。その間に好きになってもらえなかったら、諦めるからって。」
 花壇の花を揺らして、かすかな風が吹く。甘ったれた感じがするから、パンジーってあんまり好きじゃない。
「来週の月曜日で一ヶ月だったのね。」
 そういえば、そうだ。
 確かに来週の月曜日で一ヶ月になる。だけど今日は金曜日で。
「じゃあ……まだお試し期間、終わってないんじゃないの?」
 訊いていいことなのかどうか、頭が判断する前に口が動いていた。慌てて石井さんの顔色をうかがう。石井さんは少しだけ俯いた。
「うん。」
 頷いて、しばらく黙る。
「大和さん、来週の月曜が誕生日なんでしょう?」
 パンジーの紫色の大きな花びらが揺れる。
「その前に元に戻りたいからって……さつきの誕生日、祝ってやりたいから、三日前だけどごめんなって……言われちゃった。だから、私、大和さんに迷惑かけてたんだなって思って、謝らなきゃって、そう、思って。」
 泣きそうな声になる。
「あ、謝らなきゃいけないのは私だよ。」
 ううん、と、首を横に振る石井さん。
「分かってたんだ。だって、ずっと山田くんの話に出てくるの、大和さんばっかりなんだもん。」
 泣き笑い、っていうのかな。それでも笑顔で、石井さんはそう言った。
 それは、たぶん、私達が双子だからで。
 石井さんが思っているような、そんな関係だからじゃなくて。
 でも、何でだろう。嬉しくて。
「この前ね、なんで野球やめたの?って訊いたんだ。中学のとき、すごい部活頑張ってたじゃん、って。」
 石井さんはきっと中学のころから、克樹のことを見ていたんだ。
 それなのに。
 克樹のヤツ。
 ばかだなぁ。
「大和さんに言われたんだってね。部活があると一緒に帰れなくてつまんないって。だから高校行ったら野球やめるからって約束したって。」
 私、そんな約束、覚えてない。
 でも。
 約束、したかもしれない。
「それ聞いて……ああ、かなわないなって。」
 そこまで言うと石井さんは立ち上がった。
「本当にごめんね。大和さん。」
 私はぶんぶんぶんと激しく頭を振った。
 ごめんね、は克樹が言う台詞だよ。
 そう言いかけて、やっぱりやめる。
 五月の風に、パンジーが相変わらず軟弱に揺れていた。




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